2010-05-30(Sun)
茨城県岩井市にあったものを移築したものです。床板裏面の墨書に延宝二歳とあったことから、建築は1674年年と推定されています。

桁行9間半、梁間5間半。猿島地方の大型農家の典型です。

寝殿造りの名残の蔀戸です。建築史的には、この年代の建物には見られないことになっていますが、茨城県南部で目にするのは2度目です。

筑波山麓独特の棟仕舞で、キリトメと言います。かつて、会津や越後から多くの茅葺き職人が出稼ぎの場とした筑波山麓で、その技を競い合い、その結果生まれものです。竹簀巻きをひしぎ竹で補強しています。
ここまで来るのに40キロ。いつもの利根川サイクリングロードを来ると、圏央道の工事がまだ終わっていませんでした。

右の道を下って右折をするものの、不精な私はもしかしたら直進出来るかも、と甘い考え。案の定、行き止まり。運よく、行き止まりのお家の前に人がいて、やはり戻らないとと教えて頂きました。
あまりに大きく立派なお家でしたので、ちょっとお尋ねすると築100年! 見せて下さるというので、のこのこと。

基礎がとっても高いのです。しかも大谷石。初めてみました。一応職業を名乗りますと、他の建物も見せて下さいました。更に、中でお茶でもどうぞと誘って下さり、図々しい私は中まで、のこのこと。

1階の床高が、1m以上もあります。過去に利根川の水害を受けたことがあるので、その経験から高くしているそうです。
お茶だけではなくお煎餅まで出して下さいまして、色々お話を伺っておりますと、なんだかどうも? 筑波のレースに誘って下さいましたル・グランの部長のご本家! ほんと驚きました。人間、悪いことは出来ません。でも、してませんから安心して下さい。
すっかりご馳走になり、この後またサイクリングロードに戻り、利根川橋を右折して古河に向かいました。

この橋を通過しているのが、国道4号日光街道。橋の正式名称は『利根川橋』ですが、この界隈をベースにされているル・グランの皆さまは『骨折橋』と言っているようです。理由は、このS字で私が骨折したから。初めて聞いた時、思わず大爆笑してしまいました。

桁行9間半、梁間5間半。猿島地方の大型農家の典型です。

寝殿造りの名残の蔀戸です。建築史的には、この年代の建物には見られないことになっていますが、茨城県南部で目にするのは2度目です。

筑波山麓独特の棟仕舞で、キリトメと言います。かつて、会津や越後から多くの茅葺き職人が出稼ぎの場とした筑波山麓で、その技を競い合い、その結果生まれものです。竹簀巻きをひしぎ竹で補強しています。
ここまで来るのに40キロ。いつもの利根川サイクリングロードを来ると、圏央道の工事がまだ終わっていませんでした。

右の道を下って右折をするものの、不精な私はもしかしたら直進出来るかも、と甘い考え。案の定、行き止まり。運よく、行き止まりのお家の前に人がいて、やはり戻らないとと教えて頂きました。
あまりに大きく立派なお家でしたので、ちょっとお尋ねすると築100年! 見せて下さるというので、のこのこと。

基礎がとっても高いのです。しかも大谷石。初めてみました。一応職業を名乗りますと、他の建物も見せて下さいました。更に、中でお茶でもどうぞと誘って下さり、図々しい私は中まで、のこのこと。

1階の床高が、1m以上もあります。過去に利根川の水害を受けたことがあるので、その経験から高くしているそうです。
お茶だけではなくお煎餅まで出して下さいまして、色々お話を伺っておりますと、なんだかどうも? 筑波のレースに誘って下さいましたル・グランの部長のご本家! ほんと驚きました。人間、悪いことは出来ません。でも、してませんから安心して下さい。
すっかりご馳走になり、この後またサイクリングロードに戻り、利根川橋を右折して古河に向かいました。

この橋を通過しているのが、国道4号日光街道。橋の正式名称は『利根川橋』ですが、この界隈をベースにされているル・グランの皆さまは『骨折橋』と言っているようです。理由は、このS字で私が骨折したから。初めて聞いた時、思わず大爆笑してしまいました。